2011年03月23日

東日本大震災

東日本大震災、巨大津波、福島原発放射能漏れに伴う被災者の方々のご体調、ご心情、健康管理、衛生管理、ストレス、寒さとの闘い、放射能漏れの不安と恐怖、今後の衣食住、今後の仕事などへの不安・・・。心が痛む日々が続いています。

本日、お昼休憩にヒューストンの日本領事館で静かに弔問の記帳をして参りました。

犠牲となった多くの方々の冥福をお祈り申し上げますと共に、被災者の方々へ安堵感に満ちる日々が一刻も早く訪れるようにお祈り申し上げます。
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2009年09月15日

同時多発テロ8周年

先週の金曜日は同時多発テロ8周年でした。

東京での外資時代の元同僚や現在の職場の同僚で、直接的被害を受けたり間接的に被害を被った知り合いがいます。七千人の犠牲者を出した今世紀最大・最悪のテロ事件でした。二度と世界のどこでも起こりませんように。

Tribute lights.jpg
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2009年01月29日

ブッシュ前大統領夫妻の新しい住まいはダラス

オバマ新大統領の就任式が行われて大統領バトンタッチの日となった先週の火曜日、ブッシュ前大統領は故郷テキサス・ミッドランド市で市民から「お帰り」の歓迎を受けて、「前」大統領としての初演説を行ったようです。

その演説の模様が(再放送と思われます)先日、連邦議会の中継専門番組であるC-SPANで夜遅くに流れていました。チャンネルを変えているときに偶然見たので演説の最初の挨拶の部分は見逃してしまったのですが、どうやら前大統領夫妻の新しいお住まいはダラスになったようです。

古里の市民らや後援者を前にしてブッシュ前大統領は今までにないリラックスした表情をしており、安堵感さえも感じられる演説でした。自身が8年間の大統領就任期間、「ポピュラーではなかった時期もあったが自分なりにライト(正しい)と思った任務を果たしてきた。」の部分は非常に印象に残りました。無論、里の皆はテキサス州旗を掲げて拍手喝采でした。

2001年の同時多発テロ以降の国内テロ対策及びテロ攻撃を阻止できたことは誇りにしていると述べた上、大統領の在任期間中を振り返った回顧録の執筆に専念していくようです。また、歴代の大統領が任期終了後に建設する恒例の大統領記念図書館の建設交渉なども(ダラスにある大学キャンパス内に建設予定)積極的に取り組んでいくそうです。

ご夫婦の新居は、ローラ夫人が訪れて決定したダラス郊外の一軒屋だそうです。元大統領夫妻であるご両親の仲間入りをして、2世代でファースト・カップルとしての話題やホワイトハウスを後にした生活(「ポスト・大統領任期」)への適応についてオープンに話が出来ることを誇りに思っているようです。キャピタルヒルを離れた最初の朝となる明日の朝(先週水曜日)は、「目を覚ましたらまずローラ夫人にコーヒーを煎れてあげ、新聞を読み、運動をして・・それでもまだ午前8時半ごろだろうから、そこからそれ以降の計画を立てる予定で最初の『ドメスティック・アジェンダ』に向き合うよ。」とジョークも飛ばしていました。

(注:「ドメスティック・アジェンダ」は、首都ワシントンでは国内問題に取り組むという意味合いでしたが、テキサスに戻った前大統領としての「ドメスティック」は家庭内のやることリスト作成という意味になりますね。)

さらに、自分たちの食事の準備を再開しないといけないこと(ホワイトハウスでは専門のシェフがファースト・ファミリーの希望に沿って365日毎食用意をします)、ゴミ出しをしないといけないこと、マイホームの芝刈りをしないといけないことなど挙げて、一般の米国民と同じ生活が待ち受けていることへのある意味興奮さえも感じられる発言もありました。

演説終了後は、引き続き10名ほどのシークレットサービスに守られながら観衆との交流を愉しんでいました。あれから1週間。ご夫婦共に十分にダラス郊外ののんびりした空気に酔っておられることでしょう。それにしても両親であるブッシュ元大統領ご夫婦はここヒューストンにお住まいで、テキサス州知事時代はオースティンで暮らし、今はダラス。まさに「テキサス藩の主」のブッシュ・ファミリーのようです。
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2009年01月23日

ブッシュ前大統領、お帰りなさい。

世界は今、「新たなアメリカ合衆国の開拓」をスタートしたばかりのオバマ大統領夫妻にスポットライトをあてていますが、テキサスに住む自分としては、ブッシュ前大統領に「お帰りなさい、お疲れ様でした。」と一言伝えないと心が晴れないような気がしています。

振り返れば、東京での外資激務の日々に別れを告げて、米国に引っ越してきたのはブッシュ前大統領が第二期の大統領再選に向けてジョン・ケリー民主党上院議員と選挙戦を開始して間もないころでした。当時住んでいたオースティン市内のアパートのリビングで討論を眺めながらブッシュ氏に勝ってほしいと願っていた自分がいました。

さらに振り返るとブッシュ前大統領が大統領に初当選して就任したとき、米国建国の地フィラデルフィアでちょうど大学院留学中でした。そんなブッシュ前大統領のお膝元であるテキサス州出身の婚約者がいて(現在の夫ですね)なんとなく「おめでたい」気持ちだった自分もいました。

同時多発テロの直後の支持率は最高値の90%に達したものの、長引くイラク戦争で増加し続ける戦死兵や負傷兵、帰還兵の社会復帰問題、過剰な軍事費浪費問題、イラクの大量破壊兵器保持発言問題、米国内のサブプライム問題と失業問題、大統領任務の最終段階に起こった金融危機などの深刻な問題を抱えたまま支持率は回復することなく任期満了を終えた大統領でした。イラク戦争は父親のブッシュ政権から解決ならずの国際外交問題となりました。

しかし、金融危機・米国経済の動向に関して一言残すなら、ウォール街をはじめとして米国金融マンたちの金欲が祟って生じたサブプライム問題が米国全土にウィルスを撒き散らし、主要金融機関やグローバル企業では対処しきれない負債を抱え込み2008年9月に金融危機の発生となった経緯を忘れてはならないことです。

アメリカン・ドリームであるマイホームの獲得は、現実みをまったく帯びない売主側のセールストークで実現可能である、と長年に渡って買主を麻痺させて、払えもしないモーゲッジ・変動金利を押し付け、さらには債務担保証券(CDO)の形で証券化により投資家までも騙され続けた結末でした。ウィルスに影響されてはならない格付け機関のアナリストまで崩壊していました。最後までその構造の天辺で贅沢な暮らしを謳歌していた金融関係者らは雲隠れしている中(いや、図々しくも国家の助け舟を求め)、運悪く批判の的先はブッシュ前大統領となりました。もっての外です。

同時多発テロ後のアメリカ国民の団結の先頭に立ちテロリストとの闘い宣言演説をしたブッシュ大統領は、当時のアメリカ国民には眩しく映ったでしょう。米国内の軍事専門家を集め、世界一の頭脳集団CIAとの連携プレーを行い、世界一の戦闘技術を保持し、テロ対策班を設置して任務の最終日まで「闘ってきた」ブッシュ前大統領。唯一拍手で称えたいのは、人類史上最悪のテロ行為であった同時多発テロ以降、米国内で同規模のテロを阻止できたことでしょうか。

彼ほどホワイトハウスを後にして肩を撫で下ろした大統領はいないのかもしれません。

「テキサスにお帰りなさい、お疲れ様でした。」
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2009年01月22日

オバマ大統領就任の祝賀行事

昨日2009年1月20日の正午、首都ワシントンの連邦議事堂前でアメリカ合衆国第44代オバマ大統領の就任式が行われました。就任式後、同議事堂ホールで行われた祝賀昼食会へ参加、ペンシルバニア通りで就任祝賀パレードを行い、夜は首都ワシントン市内10箇所で行われた祝賀行事に深夜まで「はしご」参加したようです。

最初にファーストカップルとして姿を現した祝賀会は、ワシントン・コンベンション・センターで行われた"Neighborhood Ball"でした。「ご近所さんとの舞踏会」といったところでしょうか。就任式の日は、「アメリカ市民全員の就任」であり同市に住む「ご近所さんたち」とお祝いを共に行いたい希望から大統領が自ら提案したこの祝賀会は、ABC局で全米中継放送されました。歴代の大統領が就任後に行ってきた祝賀パーティは政治家や後援会の関係者のみ参加できる招待制の祝賀会だったのに対し、この祝賀会は手ごろな参加代で(100ドル以下だったそう)誰でも参加できるためワシントンという土地柄もあったからでしょうか、学生と思われる若者が多く参加していたように見受けられました。この種の祝賀会は前代未聞だったようです。

感想を一言で言うなら、アフリカ系米国人にとっては米国史上最高の喜ばしい勝利の日だったといっても過言ではないでしょう。米国を代表する黒人歌姫の一人、ビヤンセの美しい歌声をバックにステージでファーストダンスを披露するオバマ夫妻。黒人と白人のハーフで歌姫の一人、マライヤ・キャリーも彼女の代表作ともいえる"Hero"で大統領の就任を祝い、その他、デンゼル・ワシントン、アリシャ・キーズ、フェイス・ヒル、レオナルド・デカプリオ、ルーシー・ルー、クイーン・ラティファ、ジェイミー・フォックス、ヴァネッサ・ウィリアムズなど長期戦だった選挙活動中に応援してきた馴染みあるハリウッドの有名人も就任のお祝いをしました。

TVに写る一部の参加者らは、大統領夫妻がステージに登場したとき感激のあまり涙溢れていました。また、ショートスピーチの最中や大統領夫妻のファーストダンスを眺めながら、会場の参加者が喜びのあまり涙している光景も写っていました。

ご覧にならなかった皆さんのために一つ付け加えたいことがあります。それは、パフォーマンスの最中にバックステージで交わされたオバマ大統領と女性アナウンサーとの会話でした。就任宣誓でのハプニングについてコメントを求められたとき、大統領は笑顔を見せて、「ロバーツ裁判所長官にも(僕の)間違いを指摘されて正しい方向に導いてもらったことがあるからお互い様だよ。」というような内容の返答をしていました。オバマ新大統領の人格と品格に乾杯いたします。

この金融危機、経済動向、イラク・アフガニスタン情勢の中で、米国の新たな建て直し実現を目指して新政権を動かし、4年後米国民が"thumbs up"(親指を上げたOKサイン)となるよう期待をするところです。
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2007年01月28日

日本国内の米軍再編問題が最終合意

<ブログ引越前の2006年5月の記事>

5月1日、日米の外務と防衛の閣僚らが日米安全保障協議委員会を開き在日米軍再編問題に関して最終的に合意したようです。3段階に分かれた最終報告の全文と日米共同発表声明は産経新聞のネット版でご覧になれます。それによると、代表的なものとして、V字形の滑走路に変更された沖縄県の普天間飛行場の移設、海兵隊8000人とその家族9000人の計2万人弱のグアム移転、神奈川県の厚木基地の空母艦載機の山口県岩国基地への移転などが盛り込まれています。2014年を目標として徐々に移転・移設・移駐が実施されていく模様です。

ライス国務長官は、「(米国にとって)日本ほど親しい関係の国はいない。」、「(日本とは)世界規模の責務を共同して果たしている。」と報道員にコメントを残しました。今回の米軍基地再編の最終合意の原点を辿ると、昨年にラムズフェルド国防長官が発表した米国内の基地の再編・閉鎖の延長線として海外(米国外)の米軍基地の再編問題の一貫として日本国内の米軍基地の再編の最終合意に至ります。

厚木基地やキャンプ座間周辺の騒音問題は私自身あの地域に住んだことがありますから、戦闘機の低空飛行演習時などに発生する尋常ではない騒音と建物自体が揺れるような地震のような騒音は何度も経験しました。少しでも改善される見通しのようですから、厚木市民、海老名市民、座間市民、大和市民の皆さんには嬉しい知らせではなかったのでしょうか。沖縄の海兵隊のグアム移転についても予想以上の最終合意となりやっと沖縄県民の長年の願いが叶ったように見受けられます。今回の最終合意に伴って思いやり予算も削減されるでしょう。

しかし、同時多発テロ後のグローバル規模での安全保障問題や北朝鮮問題などもありますから、「平和」、「平和」、「うちは離れ島」、とただ謳っても安全確保は出来ない状態になりつつあるこの世界情勢です。日米同盟を基盤として日本の安全を確保・優先することが重要な課題となるでしょう。
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日米における米軍の印象の違い

<ブログ引越前の2006年5月の記事>

日本国内では米軍基地撤退派の活動に拍車を掛けるように米兵の婦女暴行事件や交通違反、戦闘機の訓練による騒音問題などが大々的に報道されています。一部反映しているようですが、米国の外交政策・安全保障対策や世界情勢などに伴って日本国内の米軍基地に駐屯している多くの兵隊たちが米政府により徐々に撤退を開始することが発表されました。

こちら本国では(ブッシュ大統領の外交政策の問題点はここでは別論として)愛国心に満ちた米国民に支えられて堂々と任務を果たしている米兵の様子を日常レベルで観察することができます。まず、(賛否両論あるようですが)隊員募集活動、Boot Camp、軍事演習の様子から(安全保障にひっかからない程度の)最新兵器の紹介に至るまで米軍に関する情報が流れています。テレビ放映では24時間米軍関係のドキュメンタリーを放映している"Military Channel"がありますし、同様に雑誌やラジオや博物館なども充実しています。アフガニスタンやイラクで戦った米兵のドキュメンタリー番組なども頻繁に一般のテレビ番組で放映されていますし、残された軍人の妻や子供、両親や親戚への影響なども見ることができます。

自家用車のステッカーを見てもそうですし、企業などの民間団体の米軍への物資援助活動などを見ても米軍と米国民の密接な関係をうかがうことができます。普段の生活の中で(偶然テキサス内に米軍基地が多いことに寄与しているのかもしれませんが)百車くらい連なって移動しているジープのような軍用車と隣同士で運転していることも珍しくありませんし、ガソリンスタンドやレストランやスーパーなどで軍服を着用した体格の良い軍人さんの姿を見かけることも珍しくはありません。見知らぬ通行人は間違いなく笑顔で彼らに話しかけて感謝の意を示している光景を目にすることもあります。

法曹界や政界でも米軍出身者にお目に掛かることは少なくありません。皆さんもご存知のようにキャピタル・ヒルの政治家らもベトナム戦争経験者や湾岸戦争経験者であることは珍しいことではないのはご覧いただけるでしょう。現在、弊事務所のパートナーをしている弁護士らも若い頃は軍人でアジア諸国やヨーロッパ諸国に駐屯していた人もいます。これまで法曹界関係で共に働いたロイヤーや金融機関の人たちで横須賀基地、横田基地、佐世保基地などで駐屯したことがあるビジネスパーソンに多く出会いました。事務所内のあるパートナー弁護士の大学出の息子さんは数ヶ月前まで横須賀基地で駐屯しており、いつも息子さんから送られてくる日本のお土産を自慢そうに私に見せてくれました。現在、彼は米国に帰還して志望校大学院の入学試験に合格して国際関係論を研究しています。大学院卒業後は米国の金融機関の香港オフィスで働きたいと熱く語る好青年です。

米国に腰を据えるまでは無知だったことばかりです。日本が良い、米国が良い、日本から米軍は撤去するべき、日本も自衛隊隊員に敬意をしめすべき、という議論をしているのではなく国柄の違いがこうやって明確に出ていることを普段の生活の中で感じられることを綴っているだけです。(そんな中でも周囲の米国人は自分が米国人であることが恥ずかしいと口を揃えるイラク兵虐待事件もあることも忘れてはならないことです。)歴史上の要素が国民の意識や国柄を間違いなく左右しているほんの一例であると同時に「無知」では批判の対象になりかねない繊細な問題でもあるようです。
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東京に空中都市が実現?

<ブログ引越前の2005年9月の記事>

最近、東京の空中都市計画についての番組を見ました。"Extreme Engineering"のシリーズとして教育番組で放送されている番組で、世界の画期的な工学技術や建築技術をコンピューター・グラフィックなどを取り入れて紹介しています。1998年に完成した香港国際空港の建設や"The Big Dig"と呼ばれているボストン市街地の地下を走る10車道の高速道路建設など建設完成したプロジェクトや現在進行中のプロジェクトを取り上げています。また、アルプス山岳のトンネル建設、ニューヨークからロンドンまで1時間で移動可能にする大西洋横断地下トンネル鉄道建設のプロジェクト、東京湾に浮かぶ海中都市など将来建設予定のプロジェクトもあります。その中でも今回注目したのは、東京都のど真ん中に「スカイシティー1000」と呼ばれる空の市街地を建設するという前代未聞の計画でした。

3万6千人の住民が衣食住可能となる空中都市建設計画。その空中都市内では、会社員や学生など10万人の東京人が毎日就労・勉学可能となるそうです。SF映画のようですが、空中都市の実現化により東京都の抱える住宅問題や通勤地獄等を解消させる目的で、数々の優良なエンジニアの手によって実験や研究が行われているようです。また、毎年温度が上昇している東京都の温度低下の効果もあるようです。

建築家とエンジニアの展望としては、14段の段層で成り立つ、約千メートルの高さの(現在世界で一番高いビルの2倍の高さ)空中都市を建設。外部の季節感や天候を取り入れられるように各段には外の空気が通り抜けられる空間を設ける設計になるそうです。各段にはマンション、企業、緑溢れる公園やショッピングセンター、娯楽施設、鉄道、学校などが揃い空中都市から出なくても(地上に降りなくても)生活が出来る、という「空の市街地」が出来上がるのです。

何層も柔らかい層となっている東京の地下の土壌を固める作業から始まり世界で前代未聞のスケールの建設作業になると予想されています。地震や台風などの自然災害にも耐えられる技術の実験・開発が進行中です。空中都市の最上部には風と反対側に動く錘(おもり)を設置。そして、空中都市の側面は平面ではなくカーブを描くように設計されており暴風を壁全面に受けないで左右に通過させるしくみ。また、段層ごとに空気が通り抜けられる設計もタワーの側面が暴風を全面受けるのを避ける目的があるそうです。

地上から千メートルの最上階まで2分足らずで到着する超高速エレベーターを開発・設置。毎朝の通学・通勤ラッシュ時でも一度に10万人の移動が可能となるモノレールを空中都市の各段層の外回りに建設。

2003年に、住宅地、オフィス、ホテル、ショッピングセンター、娯楽施設、文化施設などを兼ね揃えた六本木ヒルズが完成してから、日本中から観光客が訪れています。私も東京に住んでいたときは全席予約席という画期的なサービスを利用してヒルズ内の映画館に何度か足を運んだものです。ヒルズ内勤務の人たちは溢れた観光客のお陰でランチも落ち着いて出来ないということになっていますようですが、お洒落且つ雰囲気のあるレストランやバーも揃っており申し分ない複合施設です。東京ドームの土地面積の8倍もの広さを持つ六本木ヒルズの巨大版が縦に聳(そび)えているのを想像してみるとイメージできるかと思います。

自家用車を保持しなくてもモノレールで移動可能となり、平日は東京都の通勤ラッシュをある程度解消できて道路の渋滞解消へと貢献できるでしょう。前代未聞の空中都市の現実化によりエンジニアや建設技術も全世界から注目の的になるでしょう。天候によっては雲の上に自宅のリビングがあったり、仕事場も空中都市内の場合だと地上に降りなくても雲の上での生活が可能となるわけです。

しかし、一体家賃はいくらになるのでしょうか。財政的な面で、建設周辺地域の住民たちが全世帯引越し可能になるのでしょうか。企業のスペース賃貸にしても支払えるほどのリッチな企業は数えるほどでしょう。都市再開発計画という面では成功するのでしょうか。世界で唯一存在すると言われる東京都の消防局のヘリコプターからの放水作業もこの規模の建物では限界があるのではないでしょうか。対応策は練られているのでしょうか。2001年のニューヨーク同時多発テロのようなテロ攻撃には備えているのでしょうか。直下型地震に耐えられるのでしょうか。超大型台風が東京を直撃しても耐えられるのでしょうか。課題はまだまだ山積みのようです。2005年9月現在世界で一番高いビルである台北の101(台北国際金融センター)建設を手本にしながら設計など進めていると番組では言われていますが、その2倍の高さを見込んでおりスケールが前代未聞であるだけに世界中の注目を浴びるプロジェクトになることは間違いないでしょう。

竹中工務店の頭脳チームがこの世紀のプロジェクトを進めているようです。グラフィックなどを含めた詳細は当社ホームページでご覧になれます。
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収録済みのABCの新番組がキャンセルに

<ブログ引越前の2005年7月の記事>

在米の皆さんはTVの予告編でご覧になったかもしれませんが、今週末から放映開始予定だった"Welcome to the Neighborhood"というABCの新しいリアリティ番組が放映開始の一週間半前に急遽キャンセルになりました。

ある新興住宅街に住む3組の家族が、7組の家族の応募者の中から新しいご近所さんとして最も相応しい家族を選ぶというストーリー。選ばれた家族が最終的に勝ち取る賞品とは、約302平米の土地面積、落ち着いたレンガ造り、4LDK、バス・トイレ2.5ヵ所、2台分の車庫、クールドサックという申し分のないまさにアメリカン・ドリームの象徴のような広い庭付きの家でした。

しかし、新しいご近所さんを選択する段階で人種、宗教、政治などの区別が自然浮上。"Fair Housing Act"という公平性を追求した連邦不動産売買・貸借法に違反するとしてキャンセルに至りました。

応募者の顔ぶれは、アフリカ系アメリカ人家族、ウィカ教徒家族、ラテン系家族、韓国からの移民家族、白人家族、共和党色の濃い若い白人家族、白人の男性同性愛者夫婦とアフリカ系アメリカ人の養子の子供家族などなど。それに対して選ぶ側は、3組の家族共に白人、クリスチャン、共和党支持者。加えて、ワシントンポスト紙によると閉鎖的な考えの持ち主であったとか。

一部予告放映された部分によると、明らかに宗教や人種の違いで結論が下されていたようです。もしキャンセルされないでそのまま全米放送されていたらABCは多くの団体から起訴されていたでしょう。

その新興住宅地とは、偶然にも市内で唯一オリンピックサイズのプールがあることでも有名でここオースティンで名の知られた中級階級以上の家族の住む洗練されたコミュニティーです。仮に放映されたとして、番組終了後には、白人以外は誰も住みたくないと思えるような批判や影響を及ぼしていたのかもしれません。実際に偏見や差別が存在するか否かは別論として、平安に暮らせる環境が整っている場所でわざわざ問題を掘り起こすような番組が流れなかったことに肩を撫で下ろしています。
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米軍基地の再編・閉鎖

<ブログ引越前の2005年6月の記事>

先月、ラムズフェルド米国防長官は、米国内約400箇所にある大規模米軍基地のうち33箇所の基地閉鎖、29箇所の再編、775箇所の小規模基地の閉鎖又は再編を含む「基地再編・閉鎖」案(BRAC: Base Realignment and Closure)を公表しました。88年、91年、93年、95年に続き5回目のBRAC案でした。年内にブッシュ大統領と米議会の承認を得て実行されることになります。

今回の発表は、基地の再編・閉鎖の数が最多となりました。来年から3〜4年に渡り徐々に実行されていくのですが、基地内で働く従業員の失業、基地周辺の自営業者の廃業追い込み、軍人家族の住宅需要低下、基地の位置する街や州などへの経済的影響など様々な問題を抱えています。基地閉鎖により最も打撃を受けるのはコネチカット州にあるニューロンドン戦艦基地とメイン州にあるポーツマス海軍造船所です。前者は8500人以上、後者は6900人以上の民間人が職を失ってしまうことになります。ポーツマス海軍造船所といえば、日露戦争講和条約の結ばれた場所で我々日本人にも歴史的関わりがある基地です。

では、イラク戦争、北朝鮮問題、対米テロ組織など、米国にとって軍事・防衛・安全保障面において緊張感の高まる最中に何故このような軍縮要素を含む案を米政府は公表したのでしょうか。米政府は、以下の理由を挙げています。

  • 軍隊が大規模であった冷戦中のインフラが大量に残っている。
  • 過去多大に必要とされた在独と在韓の軍隊を、現在の世界情勢に反映させる目的で米国内に移動させて、現在脅威とされている場所へ効率良く配置できるようにする。
  • 第二次世界大戦以降、武器を入手する手段が画期的に変動した。現在は民間契約を通して入手しているため基地内等での製造需要がなくなった。
  • 米国内の安全保障に焦点を当てることにより基地・軍隊の配置の考慮が必要となった。
  • イラク、アフガニスタンやテロ組織への対応状況に伴い陸軍と海兵隊員は拡大傾向にあるが、海軍と空軍は縮小傾向にある。
  • 軍隊は全般的に共同活動をする傾向になっており設備を共用できるようになった。
在日米軍基地を含む海外米軍基地の閉鎖・再編案も近いうちに公表されるようです。終戦・冷戦後の整理、軍事に当てられる無駄な予算の削減を目指した動きであり、純粋に平和的見解からの軍縮ではありません。現に軍人の訓練施設縮小は今回の対象ではありませんでしたし今後も含まれることはないでしょう。また、最先端の戦闘機、戦車、武器、戦艦のさらなる開発研究や世界一を維持していく姿勢には何の閉鎖・再編案もありえないでしょう。

ふと、当時自分の一生をヒロシマでしか過ごしたことのなかった私が米国の高校交換留学時代に米国政治の授業で感じた「カルチャーショック」を思い出しました。"Giant is not asleep."や"We support our troops."と書かれたステッカーを自家用車のバンパーなどに貼り付けて街を駆け抜ける愛国心に満ち自国のパワーを誇りに感じる米国人の住む国だと改めて感じさせられました。
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2006年09月24日

消防士たちのあの朝

<ブログ引越前の2006年9月の記事>

*この記事には残酷な描写が含まれておりますので充分ご注意ください。

あの朝の事実に基づいて再現されたドラマ、あの朝親を亡くした子供たちの現在までの心境を追ったもの、生存者の証言など・・・昨晩のプライムタイムは、ほとんどのテレビ番組で同時多発テロ5周年特集をしていました。

私が観た番組は、あの朝偶然にも別の主旨で製作中の(ニューヨークのある若手消防士が消防活動を通して少年から大人の男になるというテーマのドキュメンタリー)一貫で撮影中だったカメラマンが同時多発テロ発生で急遽世界貿易センターに移動して救助作業をする消防士たちを追跡したドキュメンタリーでした。通報に応じてガス漏れ検査をマンハッタンの路上で行っていた消防士たちの真上に突然現れた超低空飛行の機体と戦闘機のような音に驚いて皆が空を見上げていた次の瞬間、世界貿易センター北棟に衝突しました。

その直後、カメラマンも消防士たちと急遽消防車に乗って現場に駆けつけました。世界貿易センタービルに到着して一階ロビーに入ってベテラン消防士たちが救助活動の戦略を練っている様子が映し出されました。ロビーの天井まである大型窓ガラスは衝突時の衝撃に伴う激しい揺れですべて割れて崩れ落ちていました。ロビーフロアは外部から次々と落下してくる破損物があちらこちらに散乱しており、まるでロビーが爆撃を受けたかのような光景だった、と消防士は言います。

ニューヨーク市内中の消防士が30キロ近くある器具を各自装備して次々と世界貿易センターロビーに到着して壊れたガラス窓から建物内に入ってきて指示を受けながら長い長い階段を昇っていきました。

救助作戦のミーティング中、壊れたガラスのすぐ外側辺りで何度も爆発音のような音が聞こえました。飛行機が衝突した高層階辺りの窓から体を出して救助を必死で呼ぶ人たちが熱さと黒煙に耐えられなくなって窓から飛び降りて、はるか下の地上に激突して体が粉々に飛び散る音でした。重力が加わり鉄の固まりとなり凄まじい音が発生していたのです。その度に消防士たちは、はっと辺りを見回し安全を確認していました。ある消防士はあの信じがたい光景を「人の雨」と表現していました。

しばらくすると急にエレベーターが作動し始めて中に閉じ込められていた10名ほどの人たちが消防士と救助隊などで埋め尽くされているロビーに出てきました。飛行機が衝突してからずっとエレベーターに閉じ込められていたので外で何が起こっているのか分からないまま呆然として消防士の指示に従って(出口の方角によっては破損物が上から絶え間なく落ちてきている)安全な出口に誘導されている風景も映し出されていました。

救助活動が始まり間もなくすると再度低空飛行の戦闘機のような音がした瞬間、崩れ落ちた大型のガラス窓のすぐ外側に破損物が豪雨のように降ってきてその一部はロビーの中にも散乱しました。消防士たちは一体何が起こったのか見当も付かないまま救助活動に専念し続けました。間もなく無線で南棟にも飛行機が衝突したとの連絡が入り一部の消防士たちが次々と南棟に移動し始めました。ニューヨークの消防士たちにとっては前代未聞の大混乱の中、必死の救助活動は続きました。

しばらくすると突然地響きが始まり凄まじい音と共に壊れ落ちたガラス窓のすぐ向こう側で破損物が一気に落下し始めて辺りが薄暗くなり破損物の大量の粉が降ってきました。自らの安全を確保しようと消防士たちが走り始めましたが辺りは真っ暗に・・。懐中電灯とカメラマンのライトで照らすのですが破損物の粉で目の前はふさがれました。カメラマンが必死で何度も何度もレンズを拭くのですが粉で覆われ続けていました。

この時点で消防士たちは自分たちの役目が果たせないことを自覚して全員にロビーに降りて世界貿易センターから脱出(避難)するように指示を出しました。真上から破損物が落下し続けていますからどの出口が安全な出口なのか分からないまま真っ暗な通路を潜って消防士たちは外に出てきました。太陽の明かりが見えるまで数ブロック歩いてタワーの方面を見上げたとき、初めてツインタワーが一棟足りないことを確認しました。

そのまま消防士たちは器具などを抱えたまま消防署まで歩いて戻っていきました。一人、二人、と消防署に戻ってきて抱擁し合いながらお互いの無事の確認をしました。幸運にもその消防署の消防士たちは全員の無事が確認されました。そして、身体を覆われた破損物の粉を水で流してうがいをして目や耳や鼻を洗って落ち着いてきたところで再び現場に戻る指示が出ました。今度は生存者の救出作業です。悲劇の当日は24時間体制で救出作業が行われました。

しかし、彼らの見慣れた普通の火事や災害の救出作業とは違いました。生存者を確認できたのはほんの一人だけ。女性だったそうです。あとは体の形さえも残っていなかったといいます。せいぜい見つけたとしても焼けた体のほんの一部のみ。壁、天井、机、椅子、本棚、コピー機、電話など形を残しているものはなかったそうです。唯一電話だと分かったのは電話のプッシュボタンが数個形を残していただけだとか・・・。

本日であの朝から5年が経過しました。消防士たちや残された犠牲者の家族らは口を揃えて言います。日本軍による真珠湾攻撃やケネディ大統領暗殺事件のようにアメリカ合衆国にとっては悲劇の日。この日を忘れないで子孫に語り継いでいきたいと・・・。

犠牲者のご冥福をお祈り申し上げます。
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同時多発テロから5周年

<ブログ引越前の2006年9月の記事>

*この記事には一部残酷な描写もありますので充分ご注意ください。

同時多発テロ事件から来週で5周年となります。各メジャーテレビ局では先週あたりから特集を組み始めています。私の前の職場の元同僚はちょうど当時世界貿易センタービル内で勤務していたのですがその日の朝は遅れて出勤の準備をしていたため助かりました。悲劇の後数ヶ月間から当時の仕事を辞めるまではマンハッタンの空に飛び散った紙切れや消滅した書類の収集(クライアントから転送してもらう)が毎日の仕事だったと言います。また、あの付近の高層アパートに住んでいた知り合いは損傷した建物の一部だけではなくベランダに人の衣服の一部や体の一部が舞い降りてきていた、とも言います。

皆さんもご覧になったと思いますが、2機目が世界貿易センタービルに衝突した瞬間は世界中で報道されました。世界貿易センタービルが見事に崩れていく様子も世界中で報道されました。次はどこが狙われているのか?あの映像は恐怖と不安と共に皆さんも脳裏に焼きついていると思います。

あれから時間が経過して、ニューヨーカーは普通の生活に戻ってきていますが、徐々に見るに耐えない映像や耳をふさぎたくなるような音声が次々と公開されて始めています。今年の4月には警察通報電話のテープ起こしの文書が公開となった話を取り上げましたが、あれから徐々に公開許可範囲が広がっているようです。

先週観た教育番組のドキュメンタリーでは、ハイジャックされたユナイテッド航空175便に搭乗していた男性客が機内の備え付け電話で両親と話している最中に急に飛行機が左に曲がって世界貿易センターに衝突する直前の様子がを音声で流していました。すでに黒煙を上げている世界貿易センターの北棟をすぐ窓越しに見ながら猛スピードで南棟に接近していく最期の瞬間、男性客は「オーマイゴッド・・・」と数回繰り返した次の瞬間電話は途切れました。お年を召した彼の両親がインタビューに答えていたのですが、家のリビングでテレビ中継を見ながら息子が乗った飛行機が世界貿易センターに衝突する瞬間を映像で見ながらしばらく言葉が出なかった、といいます。

5周年記念の特集では、残された犠牲者の家族や生存者の新たな証言などが公開される予定のようです。広島出身の者としては、(歴史上背景などはここでは考慮しないで)被爆者の語りや原爆資料館見学などを連想してしまいます。生存者や被爆2世があのピカドンの朝の悲劇を語り伝えていくことは極めて大事なことです。その反面、心苦しさと怒りがこみ上げてくるのも避けては通れないことでもあります。
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同時多発テロ犠牲者の911番通報の一部が公開

<ブログ引越前の2006年4月の記事>

今月初旬朝の通勤中にラジオで同時多発テロの一部の犠牲者による911番通報の再生テープを聞きました。通報電話の一部の内容が感情的打撃を受けるものであることを前もって警告されていましたのである程度覚悟をしていたのですがあまりの衝撃さに重い気持ちで出勤となった朝でした。

世界貿易センタービルの最上階あたりで一体何が起こっているのか分からないまま黒煙に囲まれて死を覚悟した犠牲者たちが残された家族のために今後の子供の教育のことや家計や財産配分のことなど家の留守電などにメッセージを残しているものもあったといいます。

ラジオで流されたのは週明けの朝。その前週の金曜日にニューヨーク市が約130件の犠牲者からの通報電話の内容を9時間のCDに収められた音声とテープ起こし済みの書面で公開しました。遺族の同意が得られた数人の犠牲者の記録以外は政府側の判断ですべて犠牲者(通報者)の名前や電話番号や電話での発言は削除された状態で公開されました。

同日前後に放送された全米版のテレビのニュース番組や一部の通報電話はMSNBCCBSFOXなどでご覧いただけます。
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東海岸コンプレックス

<ブログ引越前の2006年1月の記事>

米国では、皆さんもご存知だと思いますが、母校のロゴ入りTシャツやセーターを普段着としている学生や卒業生の姿を頻繁に見かけます。ロースクール時代も大学名入りの洋服や筆記用具、雑貨などは一年中生協で大々的に販売されており学部生、院生、観光客、学生の親御さんなど買い求めている姿をよく目にしました。普段着として活用する外国人の留学生なども留学の記念品や母国へのお土産としてショッピングしていたようです。

なんだか妙な話なのですが、ここテキサスで東海岸の有名校入りの服装で街を歩いていると行き交う人の冷たい視線を浴びていることに気が付きます。(東海岸かぶれのsnobby屋、とでも言わんかのような視線で見られるのが典型)東海岸の母校のカラーがTexan(テキサス人)の肌に合わないのは十分承知していますが(逆もそう)、なんとも妙な感覚になります。

しかし、同じ有名校でもここテキサス大学の服装をしていれば皆フレンドリー。そのほか州内の大学や短期大学のロゴ入りならOKなのでしょう。東京で学部生時代、UCLAロースクールからの客員教授の講義を受講した時、その教授の通訳兼観光案内を務めたお礼に大学名入りのセーターを頂戴したことがあります。不思議なことに、同じ有名校でもUCLAのロゴだとテキサスの皆さんには心理的危害を与えてはいない様子。西海岸だからOKなのでしょうか。ハーバード、コーネル、イエールなどはNGでも、UCLA、スタンフォード、バークレーならOKなのでしょうか。

(もっとも中国地方の実家辺りで東京色の濃い格好をして東京弁で話しているとハイカラだと思われたり白い目で見られても自業自得ですが、福岡かぶれなら当たり障りないといったところでしょうか。)

着ている服装の学校名により通行人の態度が変わる、というなんとも面白い現象です。もっとも制服姿の警察官と普段着の警察官では市民の態度は変わりますし、戦場からの帰還兵が米国入りして米国内の空港で乗換え便待ちをしている制服姿の軍人さんと普段着の軍人さんとでは通行人の視線や態度も当然変わってきます。しかし、たかがセーターに刺繍された学校名でも十分に通行人の視線の違いを読み取れるというのも面白いものです。やはり行き着くところは、以前にも少々触れたことがありますが、米国南西部州特有の東海岸コンプレックスから派生する心理操作なのかもしれませんね。
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"America's Most Wanted"の総司会者

<ブログ引越前の2005年12月の記事>

米国で犯罪者追跡のパイオニア番組の司会者として長期に渡って活躍しているジョン・ウォルシュ氏をご存知ですか?

毎週土曜日のプライムタイムに放送している"America's Most Wanted"というFOXの看板番組の総司会者として18年間活躍している人物です。FBIの凶悪犯罪のブラックリストに載っている様々な犯罪の再現をした上で犯罪者の特徴や現在逃亡していると思われる場所などを紹介して、その番組を見た全米の視聴者からの電話連絡によって追跡・逮捕に到る番組です。南米との国境線を越えた組織的犯罪など現実の闇の世界とエンターテイメントが結合した上に全米の視聴者からの情報が加わって捜査活動を促進して逃亡者を逮捕する画期的な番組です。

その番組の総合司会を務めているのが、ジョン・ウォルシュ氏です。カメラ映りが良くて一見、アナウンサー出身又は俳優出身かと思わせるのですが、実は彼自身80年代前半に息子を亡くした父親なのです。当時、ウォルシュ氏はフロリダのホテルの経営者でした。愛妻と6歳の息子と共にアメリカン・ドリームそのものを描いたような生活を送っていました。しかし、1981年の夏、息子アダムがショッピングモールで誘拐され、その2週間後に変わり果てた遺体で発見されました。

精神異常者と判定された連続殺人者が逮捕されたのですが、アダム君の殺人については事実を告白しないまま刑務所で老死(エイズ患者でもあった)してしまいました。真相を告げられないままウォルシュ夫妻は息子の殺人事件の捜査活動に終止符を打たれてしまったのです。

警察当局はアダム君が誘拐されて3日間も捜査活動を開始しませんでした。ウォルシュ夫妻は、当時の警察当局の捜査活動の非効率さやFBIの非協力な姿勢などについて全米のメディアで訴えました。(現在はご存知のように、子供が誘拐されると全米で即"Amber Alert"が実施されて高速道路などの電光掲示板は子供の特徴や目撃者による犯人の乗用車の特徴などが掲示されます。)

事件から6年後の1987年にFOXがウォルシュ氏に歩み寄って全米で最も危険とされているFBIリストの凶悪犯罪者の追跡をする新番組の司会役を提案しました。それが"America's Most Wanted"の始まりでした。放送が開始されてから本日まで総計871名の犯罪逃亡者の逮捕に貢献しています。

Everything we have been able to accomplish is because of the public, When I think back to everything we did that some people predicted would never happen--the bills they said would never pass, the National Center for Missing and Exploited Children they said would never come to be--it was the public that made it work. In 1996, when Fox wanted to cancel America's Most Wanted, the public brought it back. I was amazed at the reaction. It was overwhelming, and it was so gratifying. - John Walsh

ウォルシュ氏は、犯罪者追跡番組の総合司会者のみならず、連邦議会で子供の失踪者や犠牲者の問題などに関して頻繁に発言をしたり、失踪幼児に関する法律の通過・施行に協力したり、失踪幼児の捜査審議会の役員を果たしたり、現在は犠牲者の権利に関する合衆国憲法の修正に向けて活動しています。2000年にはFBIの"Man of the Year"に表彰されました。また、合衆国の司法長官により特別褒章を受け(一般人として史上初)、80年代から歴代の大統領によりホワイトハウスに招待も受けています。

幼児誘拐の捜査促進、凶悪犯罪者の追跡・逮捕、その暁には全米の犯罪率の低下と治安保全を目指してウォルシュ氏の今後のさらなる活躍を期待したいところです。
posted by ワーキングママ at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アメリカ人の愛国心と戦争と葛藤

<ブログ引越前の2005年9月の記事>

米国に住んでいると米軍の存在が身近に感じられます。アメリカ人たちが自宅前には星条旗を飾り、自家用車のバンパーには星条旗や軍をサポートする内容のステッカーなどを貼っている様子を見ながら彼らの愛国心と自国軍隊への忠誠心のようなものを感じさせられます。しかし、民主主義国家の構築のための基盤となる憲法施行さえも期限内に実現できなかった国を相手にアメリカ兵の戦死者の数が連日増加している中、賛否両論であるのも事実です。

職場では、軍人本人たちによってリストアップされた母国から欲しいものリストに基づいて物資を調達しています。食品では、ビーフジャーキー、カップ麺、ナッツ類、ツナの缶詰、シリアルなどがリストアップしてあり、洗面用品では、のど飴、使い捨てカミソリ、シャンプー、石鹸、バンドエード、リップクリーム、日焼け止めクリーム、歯ブラシ、爪きりなど。娯楽用品を含めたその他用品では、星条旗、封筒と便箋、ペン、雑誌、本、携帯用CDプレーヤー、プレステ、サングラス、クロスワードパズルなどです。どれも日常生活をする上でわたしたちが当然のように手の届く範囲に置いてあるものばかりで、近所のコンビニや薬局に行けばすぐに手に入るものばかりだとお気付きになると思います。

そんな中で最近、イラクからの帰還兵とその家族の感動の再会ドキュメンタリーを見ました。中には過去3年間のうち10ヶ月ほどしか家族と過ごせなかった女性兵士もいました。残された彼女の夫と子供たちは毎日母親の無事を祈りながら無事に帰国するのを待つばかりでした。また、赤ちゃんがまだ母親の母体にいたときに戦場に飛ばされた父親が帰還して初めて赤ちゃんと対面すると様子も伝えられました。その他、負傷兵となって帰国した兵士と家族との感動の再会の場面もあったり、戦死した兵士と同じ部隊だった仲間と残された家族との涙の出会いも映し出されていました。

大事に育ててきた子供が入隊を決心した時点で今まですべての教育が無駄になったと嘆く両親もいる中、先祖の時代から皆軍人家族だったため率先して入隊を希望する子供たちを祝福する家庭もあるようです。ただ、いくらブッシュ大統領のお膝元で暮らしていても、高校卒業を控えている息子や娘が進学しないで軍に入りたいと言われた親たちの中には現状況から絶対反対の意志を崩さない姿勢が増えているのも事実のようです。何人かの母親から心の内を告げられたことがありました。

つい数週間前、息子を戦争で亡くした母親が先頭となって全米で抗議活動をしている団体がオースティン市街地でも抗議を行っていました。ある全米版の時事報道番組では毎日国のために戦死したアメリカ兵一人一人の写真や経歴を紹介して黙祷をささげています。現状のアメリカでは、残された家族たちは無事に家族の一員が帰還してくることを祈るのみ。そして新たに家族の一員が戦場に送りこまれないよう祈るばかりです。世界大国の米国。一体何を達成させようとしているのかヴィジョンが崩れているような気がします。
posted by ワーキングママ at 06:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本末転倒な人種差別論

<ブログ引越前の2005年9月の記事>

昨日で同時多発テロから4年が過ぎました。黙祷をささげ犠牲者たちへのお祈りをする様子が全世界で流されました。一部のメディアでは特集が組まれていたものの、やはり最近の報道は米国史上最大の自然災害による被害・損害額をもたらしたハリケーン「カトリーナ」の救済・復興・政府の対応に関する議論等に集中しています。

弊事務所も地域の民間企業や弁護士会と手を組んで募金やボランティア活動に取り組んでいます。ここオースティンでも5千人余りの被災者を迎えています。一時的に彼らの衣食住の場所となっているコンベンション・センターのあるダウンタウン付近で被災者と思われる家族連れを頻繁に目にするようになりました。当初は"refugee"(難民)と呼ばれていた被災者たち。定義として間違ってはいないのですが同じ米国人なのにまるで亡命者のような呼び方をされたことから、先週あたりから"evacuee"(避難者)、"hurricane victim"(ハリケーンの犠牲者)、"survivor"(生存者)という呼び方に徐々に変わってきました。

中流階級以上の自家用車のある家庭や航空券を購入できる家庭はカトリーナの上陸前に安全に移動を済ませていました。しかし、ニューオリンズに限ると、行き場を失った大多数は移動の手段さえもなかった貧困層でした。その貧困層の大多数はアフリカ系アメリカ人。彼らの中には、今回の政府の対応の遅れや迅速に隅々まで行き届かなかった救助活動を人種差別だと訴えている人たちも少なくはないようです。

ある有名な黒人のラップ歌手が、全米放送の救済番組で「ジョージ・ブッシュは黒人を憎悪している。」などと堂々と批判しました。マイノリティー(少数民族)に分類化される私自身として、この問題発言には頭をかしげるばかりです。それでは白人社会の五大湖周辺で大雪のためカトリーナ級の大被害が出たと仮定すると、政府が迅速に対応していたというのでしょうか。

数値や事実背景などにより証明できる人種差別であるのなら先進国として非常に恥ずかしい問題でしょう。私自身、通算4年近く米国在住した中で明白に人種差別をされたことが幾度かあります。この国で人種差別がないとは否定できません。しかし、逆に人種差別を頻繁にされていると勘違い(思い込み)して米国に対する社会批判を重ねている人も沢山知っています。

ニューオリンズ市長をはじめとして、自然災害によりもたらされた大被害への政府の対応の遅れを人種差別だと批判するのは、かなり的外れな感情論ではないでしょうか。ニューオリンズ市長は連邦政府とルイジアナ州知事を責め、ルイジアナ知事はニューオリンズ市長を責め、連邦政府はルイジアナ知事とニューオリンズ市長を責め、全米からFEMA(連邦危機管理局)は責められ・・・と、責任のなすり付け合いとなっている中で一部のアフリカ系アメリカ人たちの間で浮上した人種差別論。カトリーナが猛威を振るうずっと以前から地理的にも人種統計的にもアフリカ系アメリカ人が犠牲となる確率の高い状況の中で人種差別論を騒ぎ立てても本末転倒ではなかろうかと思いました。
posted by ワーキングママ at 06:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

かつての天才少年は何処へ?

<ブログ引越前の2005年8月の記事>

以前に、"Intervention"という題名で中毒者の立ち直りに向けた仲裁のテレビ番組についてお話しました。先日、その番組で「彼らのその後」というテーマで、以前に中毒から立ち直るための仲裁を受けて施設に入館した中毒者たちのその後を追った特集をしていました。3人の「元」中毒者の現在の生活を追う中で、2人は割合と普通の生活に戻っており反省の色が見られていたのですが、残りの1人は以前の生活と何ら変わりなく博打を続けていました。

その人物とは、かつて天才少年として世界中で有名になった現在30代の男性です。14歳でUCLA卒業後、16歳でカリフォルニア州の大学の教壇に立ったのですが、その後賭博の道に走るようになり失業。34歳になった現在は、無職で両親の家に居候しながら中毒から足を洗えない状態が長年続いているのです。数ヶ月前に放映されたときは、両親や親友に新しい生活を開始することを約束して施設に入館したのですが、すぐに退館を希望。数週間もしないうちに両親の元に帰って以前と何ら変わらないギャンブルの生活が始まりました。

両親にお金をせびるときの様子を見ていると、「天才少年」として世界から注目を浴びた過去の栄光や輝きはどこへ消えてしまったのかと思います。両親からお金をせびり、毎日博打に明け暮れる生活が続いています。専門の仲裁人がもう一度施設に戻るように薦めても本人は第三者からの手助けを一切遮断しているようで、問題意識さえも疑ってしまうほどです。

本人に博打生活から足を洗って立ち直る気持ちがないのに周りの人間がいくら頭を悩ませても無駄というわけです。幼い頃から脚光を浴びて常に期待を背負いながら育ってきた彼。まだティーンネージャーのときに燃え尽きてしまったのでしょうか。精神面と学術面の波長がだんだん噛み合わなくなってきて周囲のプレッシャーに押し潰されてしまったのでしょうか。両親の期待が膨らみすぎて抱えきれなくなったのでしょうか。いずれにせよ、幼児期から過度のスポットライトを浴びて天才少年扱いされていると普通の子供の生活は出来なかったことは確かでしょう。

しかし、周囲の重たい圧力から抜け出して何年も経過して、30代の大の大人となった現在、自分の生計さえも立てられないというのは彼自身の精神力を疑わざるをえません。番組を見る限りでは、自分の意志で立ち直る様子が伝わってこないどころか高齢になった両親を責め続けているようにしか映りません。両親がいつまでたっても息子を可愛がる気持ちは有難いことですが、それが逆に彼の独立や意識改革への第一歩を妨げているように思えます。まるで小学生や中学生の子供のように扱ってお小遣いをあげてギャンブルをさせているのは両親です。もちろん息子自身の意識改革が重要な出発点なのですが、この場合、両親が息子への愛の形を変えてみないと解決できない問題であるような気がしました。
posted by ワーキングママ at 06:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どうか安らかにお眠りください

<ブログ引越前の2005年8月の記事>

ヒロシマは、あの悲劇のピカドンの朝から本日で60年目の朝を迎えました。

広島市中心部にある原爆ドームのほとりを流れる元安川の水面に、原爆の日前日から未明にかけて、あの朝まで「広島県産業奨励館」と呼ばれていた姿がコンピューターグラフィックスで浮かび上がりました。

あの朝、エノラ・ゲイの操縦士らと乗り合わせてリトル・ボーイの発明に関わった現在85歳のアメリカ人は、原爆投下はやむ終えない選択で後悔の気持ちがない、という内容の以下のコメントを最近の英BBCニュースで残しています。

“My honest feeling at the time was that they deserved it, and as far as I am concerned that is still how I feel today.”

世界平和を願う都市ヒロシマに生まれ育って、被爆者との交流、平和学習や募金活動をしながら大人になった私としては胸の詰まる思いです。水彩画の写生大会で原爆ドームを何度描いたでしょうか。祖父からの痛々しい語り・・。原爆に耐えたお地蔵さんのお話に基づく絵巻物の作成、「はだしのゲン」、「貞子と千羽鶴」、その他、あらゆる原爆に関する本や夏休みの課題図書で読みました。学校で社会学習として様々な映画鑑賞もしました。被爆した母校の先輩たちのために学校内の原爆記念碑に花束も捧げました。高校生のとき、同級生たちと国語の先生の執筆された原爆の日の描写をもとに被爆した高校生役で演劇もしました。

平和記念館を訪れて被爆地域の模型を見るたびに自分が住んでいた地域が被爆地域に入っていることに怯えました。(もし、祖父、祖母、母親があの当時今と同じ場所に住んでいたら・・・。)

アメリカは絶対的に悪者でアメリカという国が大嫌いという内容の作文を幾度書いたことでしょうか。映画鑑賞の後、感想文を書きながら余りに腹立たしくてアメリカという国を本気で憎んだこともありました。真珠湾攻撃等により正当化される理論を聞くたびに苦しくなります。

60年という年月が経っても被爆者の思いやヒロシマの思いは世界へ千羽鶴と共にずっと羽ばたいていて欲しいです。子供のとき本気で憎んでいたアメリカという国に住んでいる今、自分はヒロシマ人であり平和を願う心を忘れないで生きていきたいです。

日本時間、8月6日、午前8時15分、被爆者の方々に黙祷をささげます。
どうか安らかにお眠りください。
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The Scholar

<ブログ引越前の2005年7月の記事>

これまでに幾度かこちらのリアリティ番組を紹介させていただきましたが、今回は昨晩最終回だった"The Scholar"という番組について少しお伝えします。全米から選抜された優秀な成績を修める10名の高校生のうち1人に本人の第一志望の大学に全額奨学金を授与するという番組です。学校での成績はもちろんのことSATのスコア、課外活動、コミュニティーへの貢献など総合評価されて選ばれた高校生たちです。番組では、筆記試験とあわせて口頭による一般常識クイズ、科目別知識クイズ、ディベート大会などに加え、協調性や洞察力を評価する様々なイベントが行われてきました。

最終回では、仲間による生き残った最終3名への推薦スピーチ、本人による自己推薦スピーチ、学校の恩師や人生の恩人なども登場して彼らからの推薦スピーチも繰り広げられて、出場者の将来性などをアピールしました。実際に大学入学選考に関わっている3名の選考委員による最終審査の結局、カリフォルニア在住の黒人女生徒に栄光が輝きました。彼女の第一志望の大学入学から卒業までの全額支給が約束されて、最終5名にもそれぞれ20Kドル〜50Kドルの奨学金が授与されました。

筆記・口答試験の結果は無論のこと、スピーチの様子や個々の感想や心境を聞かれたインタビューを見る限り、全員、シャープで将来の期待される高校生たちでした。全額奨学金を勝ち取った彼女も含めて、出場者全員、奨学金無しではいくら成績が優秀でも入学が困難な状況だったそうです。アイビーリーグをはじめ希望の一流大学に入学の切符を勝ち取った出場者たちへの努力に拍手をおくりたいです。

実に、アイビーリーグ級だと年間授業料のみで文系だと想定して平均30Kドルはかかりますから(当然理系だとその倍以上)4年間で平均120Kドル。それに生活費や娯楽費・諸活動費を加えて軽く200Kドルでしょうか。現実問題、中流階級の家族で2人子供がいたとして2人とも一流校に送ろうとすると計400Kドル必要になる計算になります。ここテキサスだと見晴らしの良い川沿いでゴルフ場会員付きの豪邸が数軒買えます。

ここ米国の私の身近にもアイビーリーグに合格したけれども財政面で断念せざるを得なかった友人が何人かいます。今となっては母校を誇りに思っていますが、残念ながらその事実はずっと心に痞えているようです。(もし両親が裕福だったら・・今頃自分は・・)と思うことがあるようです。奨学金制度は、投資の価値のある若者の夢を叶えてくれる有益な制度だと思います。高校生のオハイオ州交換留学時代、先生たちは生徒たちに口をそろえて「奨学金制度を利用して夢を叶えてくれ。」と言っていましたが、現実的に奨学金を実際に勝ち取る生徒はわずかです。勝ち取ったとしても数千ドルのものが多くそれでは一部の州立大学や公立大学を除いては、一学期分の授業料も支払えないことになります。それで学生の名義で教育ローンの山積みとなるのが現実なのです。(この辺りからは米国の親たちの教育費の貯蓄問題へシフトしますが・・。)

奨学金制度は、現時点では氷山の一角にしか授与されないものです。現状は、名門大学(授業料が膨大)に通う学生というのは頭脳と金銭の両方が備わっている者にだけ報酬される学校だとも言われます。後者が不足しているために夢や目標を諦めざるをえないというのは若い高校生にとってはあまりにも酷だと思います。授業料において州民優遇制度のある地元の州立大学や公立大学では物足りなく感じており、州外の名門校へ入学を希望している優秀な高校生のためにもっと門戸を開けられるようになるのが理想だと思います。
posted by ワーキングママ at 05:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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